kirokunohajimari
どんなふうに始めるか、いつもそれを考え続けて目の前の足を一歩前に出すことを忘れてたたずみ続けている気がした。ので、始めてみよう。どんな風でもいい。失敗してもいい。ただ私は何かを表現することをしないで死にたくない。愛を表現しないまま、自分のなかに生まれ湧き出てくるものをただ垂れ流して無駄に下水に流すだけで終わりにはしたくない。ちゃんと誰かに届けたいし、せめて自分でそれをカップにそそいで陽の光にかざしてそれを観察してみたい。
そう思った。今日がどんな風に始まったか。書くほどの劇的さのない曇り空の初日の出。
でも日の出からしばらくたった太陽の光の暖かさとありがたさは、いつも以上に日常の奇跡を感じさせてくれる感謝に満ちたものだった。
そもそもこうしてだらだら書き出してはみたものの、パソコンのキーボードで打つこと自体に迷ったまま居心地の悪いまま。またともするとその迷いによって手を止めてしまいそうなくらいだ。
今日のはじまりは、おせちとお雑煮の準備から。出汁をいつもより少し贅沢にかつおぶしを入れたおかげで特別な美味しさが元旦らしさ、めでたさを演出してくれた。夫婦で「めでたい」を繰り返した。
初詣に繰り出して、母を連れた人に頻繁に出会う。そういえば朝一番に姉からメールが入っていた。そういえば昨日からつらつら思っていたことは、「あんなにいがみあいけんけんがくがくぶつかりあった兄と姉だけど、あと10年すれば、みんな生きているかわからないんだな」という事実が脳裏に浮かんできてまとわりついた。
不思議と、あれだけ嫌悪感を抱いていた兄弟に対して初めて、それでも、彼らが亡くなってしまったら、それを想像するととても懐かしい存在として初めて感じた。それはおそらく母の死が現実に迫ってきている実感が私のなかに作り出した新しい感覚なのだと思った。身近な存在としては初めて、父が亡くなって。
私自身さえ、そのうち、死ぬ。
みんないなくなる。
子孫を残すと言ったって私は祖父にさえ会ったことがなく、彼らの話も断片的に聞いたことだけで、何も引き継いている気がしないし、母のことでさえ、何かを受け継げているとは思えない。
その思いが今年、私のなかの、子どもを宿れないまま生理が止まったことへの私なりの納得の仕方として完結した。
そのあとはじゃあ、私は何を残すのか。残す問いはそれだけになった。私はこの生でこの後何をしたくて、何を残したくて、あるいは何を残したくなくて、死んでいくのか。否、生きていくのか。
私はもう、「宛先の検討違いの手紙」に無駄な労力を費やすのはうんざりだ。
それは単に効率が悪いし、まったく功を奏さないからだ。
一方でパートナーと飼い犬、今の自分の家族との関係に、真の価値を感じているけれど、それは、昔自分が持っていた人間関係とはまったく違っていた。
安心感はなく、怠惰もなく、惰性もなく、日々ぶつかりあい、お互いへの不満を認識し、役割を要求しあい、要望や要求を主張しあいぶつかり、調整する日々だった。
それは一見効率が悪く、功を奏さない、利益の少ない関係に見えるが(その関係の始まりの時のように)
それはなぜか、積み重ねるごとに、私のなかで黄金やはちみつのような黄金色の価値ある存在、確かな存在感への成長していった。
それが積み重なったが故の、「めでたい」だった。
これは本当に、めでたいことだ。
そんなことを感じたのは初めてだった。
なんの保証もない、明日一緒にいられるかもわからない、そんななかで今この瞬間、お互いに元気で一緒に食べたり歩いたり眺めたり笑ったり買い物をしたり、道行く人を批評したり、することは、なんてありがたいことだろう、と。思わずにはいられない毎日だった。
それは、子どもがいないことでより強調されていた。それは事実だ。
つまり、これでよかったのだ、と深く納得していた。
そのほか、瞑想を2回した。
その前にまつだみひろさんの問い「どんな始まりにしたいですか」
それからyoutubeで新しく見た「あなたにとって豊かさとはなんですか」
それからふない社長の話を聞いて、
思った、私の望む始まりは、
「自分の望み(他者の望みではなく)を叶えて良い、ということを自分に許し始め」
「何か(愛、表現)を伝え始めたい」
ということで
私にとって「愛」や「豊かさ」は
日々送る日常のなかで日々私がすでにとらえ、眼差しをおくっている、この世界にすでにあった、ということで、
それをなんとか丁寧に、ひろいあげ、表現の土台にのせる。
つまり、文章にしてみることだ、
と思った。
